お釈迦さまの感じとられたこと
12月8日は、お釈迦さまが「悟り」を開かれた日であり、「成道(じょうどう)」という言葉で表現します。
「悟り」の対語は「迷い」です。では、「迷い」の原因はいったい何でしょうか?それは、人間のさまざまな欲望が自分の思い通りにならないことへの苛立ちと苦しみです。
お釈迦さまは、その事に就いて冷静沈着に考え続けてこう結論付けたのです。
「世の中は、人間の欲望のために存在するのではない」と。
そうです。人間ぐらい自分の欲望を達成するために、あれこれ迷う生き物はおりません。人間の為にこの世が存在するのでないから、色々な不都合を感じ、苦悩を味わうのです。
この広い宇宙の片隅に生まれ、限られた時間の中で一生を終えるのですから、自分の思うとおりに成らぬのが当たり前だと判断できないと、不平と不満は無尽蔵である訳です。
お釈迦さまは、そのことを強く感じ取られたのです。思えば、私たち人間は、いつから地球を征服した王者のような不遜な気持ちを持ち続けて生きてきたのでしょうか?
その結果、環境は汚染され、さまざまな苦悩を自らの手で生み出し、今後この地球上に人類が生き延びることさえ覚束かぬ状態です。人間の心をコントロールし、和合と平和を築き上げるための宗教や信仰さえも、自分の考えと異なる場合、お互いに相い争い戦争が絶え間なく続いているのが、世界の現状です。まして、周囲の対人関係は「自分さえ良ければ」と相手を倒すことが幸せを樹立することだと考え込んでしまったに違いありません。
お釈迦さまの「お悟り」はとても奥深いものではありますが「世の中は、人間の為に存在するのではない」ことを知ることから考えや生き方が大きく変化し始めます。考えが変わらずに人生が変わることなどは絶対有りえません。