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桃の小枝さに学ぶ「いのち」の大切さ(2017/3/1)

 
 
 

 
 
 カレンダーの「三月」の文字を目にすると心にも温かさを感じます。人一倍寒がりの私にとって、雪の舞う厳しい冬の季節はもう沢山です。
 
 境内の樹木も春に向かって動き始めていると思われます。三月の温かい日には、大木がゴンゴンと大地から水を吸い始め、木肌に聴診器を当てるとその音が聞こえてくると言います。私も一度確かめてみたいと思っています。
 
 昨日、或る料亭の仕出し弁当についていた数センチの桃の小枝を小さなガラスコップに水を張って差し込んでおきました。すると、驚いたことに見事に三輪の桃の花が咲いたのです。「桃の小枝さえ春に向かって必死で生きようとしているのだなぁ!」と感激しました。
 生き物は、「いのち」を精一杯に“かたち”に表わそうとします。小さな桃の花三輪に「私も精一杯に生きねばならない」と感じました。
 
 人間、老齢になるとどうも気が弱くなっていけません。自分の寿命の限界をあれこれと考え込むからでしょう。しかし、人間も春を迎えて「新しい生きる力」を貯えねばなりません。春は「いのち」が活動を開始する時期です。
 「何をやるのか?何をやるべきか?」を慎重に考えて、大切な時間を無駄なく有効に活かすための生活を考え直したいと思います。
 
 お寺の境内も春を迎えると、椿、梅、桜など美しい花々が満開になって、私たちの目を楽しませてくれます。春に向かって、樹木も草花もみんな必死に生きているのです。
 私もこれらの植物に見習って寒さに負けず耐え抜いて生きねばと思いました。
 
 自然は私たちに色々なことを教えてくれます。素直に学ぶ心を養いましょう。