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春彼岸に何を学びとるべきか?(2017/3/21)

 
 
 

 
 
 春の彼岸となりました。
 
 
 彼岸(ヒガン)とは「かの岸」という意味で、迷いのない悟りの世界のことです。
 
 一方、此岸(シガン)とは「この岸」という意味で、迷いと悩みに満ちている現実の世界のことです。
 
 人間、誰でも、迷いや悩みのない世界で生きたいと思いますが、中々思う通りにはいかないのが現実です。
 「あ、すれば良かった」「こうすれば良かった」「また同じ失敗を繰り返してしまった」「私は何年経っても、さっぱり進歩がない」・・・こんな愚痴を並べているのが人間の現実だと思います。
 
 さて、どうしたら良いでしょう?
 
 結論から言えば、自分の頭で色々考えぬいても、余り効果はないということです。
 
「下手な考え休むに似たり」の諺のとおり、時間の浪費に終わってしましがちです。
 それよりも、遠い昔から「先人」という人生の先輩たちが、悩みや失敗の末に掴んだことを学びとる方が間違いありません。
 仏教とは、元来はそういうものです。
 
 お釈迦さまを始め余多の悟りをひらいた方々が「こうなのだ、信じなさい」と残してくれた教えの集大成が「仏の教え」つまり仏教なのです。ですから、日々の生活のすべてに結びついています。
 
 空想の世界だけを説くのは、本物の仏教ではありません。
 
 ですから、「仏教は難しい」とか「死後のあの世のことを説く教え」という概念を捨ててください。
 
 まず、人生の先輩である家族の両親、両祖父母などが、どう生きていったのか?どんな失敗をし、どんな成果を挙げたのか?なども良く思い出し、その一つ一つを学びとることがお彼岸の修行の一つだと思います。