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永遠の課題「怒りをおさえる」(2017/7/11)

 
 
 

 
 
 
 
 
 最近テレビのニュース関係の番組で不愉快なものがあります。
 
 それは、ある女性国会議員の言動です。国会の委員会などでは、穏やかな表情と柔らかな口調でマイクに向かっていたのに、一転して自家用車の中で、ハンドルを握る秘書に対する悪口雑言と暴力……イヤハヤ驚いてしまいました。
 
 彼女の学歴はすごいレベルの高いものです。
「あゝ、学歴と人格とは別物なのだなぁ」今更のごとく思い知らされました。
 
 暴言と暴力の原因は、怒りとおごりです。
 お釈迦さまはこの二つを常にお弟子の方々に慎みなさいと説き続けておられます。
 
 
 走る車をおさえるように、むらむらと起こる怒りをおさえる人、彼を私は御者(ぎょしゃ)とよぶ
 他の人々はただ手綱を手にしているだけだけど、御者と呼ぶにはふさわしくない
                         (『ダンマパダ』第4章怒り)
 
 
 私たちもつい腹立ちまぎれに、言ってはならぬ暴言を口にすることも有るかも知れません。
 しかし、そのことによって一番傷つくのは本人であることを知らねばなりません。長く心の傷となって残り、修復のきかない人間関係の破壊をもたらすからです。
 
 怒りの恐ろしさは、周りの人々の心をも焼き尽くすからです。
 大火の時の炎のように、次々と人間関係を破壊し、無にしてしまう危険があります。
 
 原始経典の中で、この「怒り」についてお釈迦さまが何度も繰り返しお説きになっているのを見ると、お弟子方の中には、怒りによって失敗を重ねる方も多かったのだと思われます。「怒りをおさえる」は、これは人間の永遠の課題です。