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訪れる人に安らぎと落ち着きを(2017/6/1)

 
 
 

 
 
 
 
 境内の林から郭公(かっこう)の鳴声が聞こえます。
 
「カッコウ、カッコウ」と高く響く音に「やあ、今年も来てくれたか!」と懐かしい友人に再会できたような嬉しさを覚えます。
 
 郭公は五月頃に南方から飛来する渡り鳥でホトトギスに似ていると説明されます。面白いのは巣を作らず、勝手に百舌(もず)や頬白(ほおじろ)等の巣に産卵して育ててもらう横着なところもある鳥だと聞いています。
 
 私の少年時代はもっと数が多くてカッコウの合唱も時々有りました。現在はお寺の周辺がすっかり人家に囲まれてしまい、郭公には住みにくい環境になってしまったらしいです。
 
 住職の私が気づかぬ中に、都市化の美名のもとに自然環境が次第に破壊されているのでしょうか?自然にせよ、人間関係にせよ、失ってしまったものを再び手にすることは困難です。
 
 例えば病気をして健康の有難さを知り、年老いて若さのエネルギーと輝きを知り、大切な人と別れてその人の良さを再確認したりするのです。先のことを全部見通せる人間などおりません。大半の人は、失敗と後悔を繰り返しながら、ほんの少し学習し、僅かな進歩を手に入れるのだと思います。
 
 当山興国寺の住職として、境内の自然環境を失わないように努めるのも任務の一つと考えています。
 
   例えば、福島県の緑の文化財指定第一号の「臥竜のケヤキ」などは、樹齢450年の大木でまさにお寺の宝です。緑が多ければ、小鳥も沢山集まってきます。猟銃を持った人は、お寺の境内に侵入できぬことも、小鳥たちは知っているのでしょう。
 
   お寺は美しく飾り付けるだけではダメです。訪れる人々の心に安らぎと落ち着きを与えることが大切だと考えます。