HOME > 法話 > 今日という「この日」を大切に生きよう

今日という「この日」を大切に生きよう(2016/12/11)

 
 
 

 年末の師走の月となりました。師匠の「師」という字に「走る」と書いて師走と読みます。平素は、先生と呼ばれる落ち着いた人も「年末になるとバタバタと走り回る」という意味だそうです。
 
 
 一年は365日も有りますから長い時間です。しかし、過ごしてみるとあっという間に過ぎてしまうものです。しかし、誰でも同じ失敗を繰り返します。学校では、学期試験直前になって慌てて一夜漬けの勉強に汗をかきます。だが一夜漬けの猛勉強で100点を取った人などはいません。
 
 勉強も仕事もすべて同じです。結局良い成果を生み出すのは、努力の蓄積だと思われます。平素の一日を努力するか否か、一年を貫しての心構えが成功と失敗の鍵となるのでないでしょうか?
 
 
 高浜虚子の発句に「昨年今年(こぞことし) 貫く棒のごときもの」という一句があります。「貫く棒のごときもの」と表現される一年を通じての堅い心構えが大切なのだと感じます。
 
 泣いても笑っても一年は終わります。
 
 当山興国寺では、毎年大晦日から元朝にかけて百八声の大梵鐘が打ち鳴らされます。ゴーンという鐘の音の一つ一つに、過ぎ去り行く今年の思い出が甦り、新しく迎える年への夢が拡がっていきます。
 
 一時間は10分間の6回の積み重ね、一日は24時間の積み重ね、そして一年は365日の積み重ねです。振り返れば、今年もイヤハヤ色々なことが沢山ありました。その思い出を基盤として来年の生き方を真剣に考えてみましょう。
 
 自分の人生は、自分の力で切り開いて行く他ありません。今年の残された時間は、僅かとなりましたが、貴重な時間です。大切な一日です。精一杯頑張りましょう。